研究内容
ITS (高度道路交通システム)
1.1.車車間通信
車両どうしはGPSなどにより計測した位置情報を定期的に交換すれば、見通しのきかない交差点でも直接見えない車両の接近を把握でき、衝突事故を回避できます(図 1)。
図 1 見通しのきかない交差点における車車間通信・歩車間通信による交通事故防止
また、車両が走行中に捕捉した様々な交通事象に関する情報(事故・渋滞情報や緊急車両の接近、路面情報、ドライバの意思伝達など)を、車車間通信を用いて共有することで、円滑で快適な運転を実現できます(図 2)。
図 2 車車間通信による交通情報の配信
本研究では、車車間通信の効率化・高信頼化について検討しています。初期研究成果は情報処理学会論文誌(2016年1月号)、ICICT 2018で発表されました。
また、車両間の情報配信の効率化を図るために、コンテンツ指向ネットワーク技術を車車間通信に導入し、車両が移動する際のキャッシュミス問題や、チャネル使用率に応じてキャッシュ確率を制御する手法を検討し、その研究成果は、APCC 2018とMPDI Electronics(2020, pdf)で発表されました。
今までに、車車間通信は主にDSRC(IEEE 802.11p)に関する検討が行われてきましたが、それは日本(700MHz帯域)以外の国ではなかなか実用化されていません。そこで、3GPPでは、5Gの中にCellular-V2X(Vehicle-to-everything)の標準を策定しています。車両間の直接通信(sidelink)と基地局を経由する通信の二種類が定義されていますが、いずれも通信のために、リソースの予約が必要です。隣接車両間のリアルタイム情報共有向けのsidelinkでは、リソースの割り当てが基地局主導するか、車両同士間自律的に行われます。Sidelink上の高信頼通信を実現するために、各リソースの利用状況や各車両の異なる送信周期を考慮したリソース割り当て手法を提案・評価し、その研究成果は、VNC 2020、情報処理学会論文誌(2022年4月号)、IEEE Access (2022, pdf)で発表されました。
車車間通信の低遅延と高信頼化の両立を目指して、DSRCとCellular-V2Xの併用について検討しています。初期研究成果はGlobecom 2019 V2X Workshopで発表されました。
Matlab環境で実装されたV2X Sidelinkのシミュレーションコードは、ここ(V2X-SPS code)から入手できます。
1.2.歩車間通信
歩行者の交通事故を削減するために、見通しのきかない交差点などでは、歩行者の位置情報を無線で車両へ通知する歩車間通信システムが必要となります(図 1)。
本研究では、歩車間通信の効率化、歩行者端末の省電力化などについて検討しています。初期研究成果はIEEE ICVES 2015、IEEE VTC2021-Springで発表されました。
1.3.歩行者測位
歩行者端末は内蔵のGPS受信機で衛星測位を行いますが、都市部では、建物の遮蔽・反射の影響で、測位精度が劣化し、または、衛星数不足で測位できないことがよく発生します。
建物の遮蔽・反射により、受信機と衛星の間の計測距離にマルチパス誤差が発生します。このマルチパス誤差の空間相関性・時間相関性について調査を行い、歩行者でのマルチパス誤差の低減を図ります。初期研究成果はIEEE ICVES 2018で発表されました。
衛星数不足問題に対して、本研究では、位置精度の高い車両や路側無線機を擬似衛星として、それらからの電波を活用して歩行者の位置精度を向上します(図 3)。
研究成果はITS World Congress 2016、情報処理学会論文誌(2018年1月号)、IET Intelligent Transportation Systems (2018, pdf)、情報処理学会論文誌(2019年8月号)で発表されました。
さらに、歩車間の角度情報の利用を検討しています。歩行者の携帯端末はサイズの制限で搭載できるアンテナ数が限られています。そのため、車両が移動しながら送信する際、歩行者の端末での位相変化を用いて、アンテナ1本で歩車間角度を推測し、さらに歩行者測位に適用します。初期研究成果はIEEE ICVES 2019、MDPI Sensors(2020, pdf)で発表されました。
今後携帯端末に搭載されるアンテナ数が増加することを見据えて、複数時間のCSIに加え、複数アンテナのCSIを併用して、さらに高精度な角度推定を行う拡張方式も提案しました。拡張方式では、複数アンテナ・複数時間で取得した情報から、空間軸・時間軸の二次元の要素を持つ擬似アンテナアレイを作成し、各アンテナの受信信号の位相変化をMUSIC法で解析することで、電波到来角度の推定を行います。時間軸の情報の利用により、多数のアンテナを利用せずに高精度な角度推定が行えるうえ、空間軸の情報の併用により、アンテナ数が増加した場合には、さらに精度が向上する特徴があります。研究成果はIEEE Access(2021, pdf)で発表されました。
歩行者の位置をより正確に算出するために,電波減衰特性を利用して受信信号強度や直接波の強さから距離を推定する代わりに,V2X通信に使用されるOFDM信号の各周波数の位相情報と電波伝搬距離の関係を利用し,複数の周波数の位相を同時に計測して,位相情報から距離を推定する手法を検討・評価しました。初期研究成果は、IEEE VTC2022-Fall、IEEE VTC2023-Fall、IEEE Access(2023, pdf)で発表されました。
図 3 車両や路側無線機を擬似衛星として歩行者の位置情報を高精度に算出する歩行者測位
1.4.屋内測位
ウェアラブルデバイスにおけるBLE (Bluetooth low energy)モジュールを用いた屋内測位についても検討しています。
1.5.Location-based system
歩行者は車車間通信のメッセージを傍受することをきっかけに、自分のコンテキスト情報から危険度合いを決めて、歩車間通信を始めます。場所によって歩行者の事故率、すなわち、歩行者の危険度が違うので、危険度合いを決める際、歩行者の場所情報が重要です。ここでは、場所の境線がポリゴン(polygon) によって表されます。歩行者の座標を場所のポリゴンとマッチングすれば、歩行者がどの場所にいるかわかります。このマッチングの効率化について検討し、研究成果はACM Transactions on Spatial Algorithms and Systems (2015, pdf) で発表されました。
省電力無線通信・センサネットワーク・IoT
2.1.ウェイクアップ受信機
無線端末は、送受信をしなくても、いつでも送受信できるようにRF回路は常に受信待ちうけ状態です。そのため、多くの電力を消費します。無線装置を、動作していないうちにスリープさせ、通信要求発生時に起動させれば、消費電力を大幅に削減できます。ただし、起動指示を待ち受けるために、低消費電力のウェイクアップ受信機を追加することが必要です(図 4)。
図 4 スリープ・ウェイクアップ制御による無線通信の省電力化
本研究では、ウェイクアップ受信機の設計について検討しています。
2.4GHz ISM帯において無線LANカードとアンテナを共有し、包絡線検波によってウェイクアップ信号を受信する超低消費電力のウェイクアップ受信機を設計しました。特に、信号が混雑している2.4GHzのISM 帯域において、ウェイクアップ信号の高信頼伝送を実現するため、無線LAN信号との共存(MAC層プロトコル)、無線LAN信号とウェイクアップ信号の識別を考慮した送受信方式(物理層プロトコル)を提案しました。この研究成果はIEEE GLOBECOM 2011とEURASIP Journal on Wireless Communications and Networking (2012, pdf) で発表されました。
Radio-On-Demand無線LANを普及させるために、既存の無線LAN信号を用いてウェイクアップ信号を送信する方式も提案しました。この研究成果はIEEE PIMRC 2011とElsevier Computer Communications (2012)で発表されました。また、無線LAN信号のバースト送信でさらに信頼性を向上させる手法は IEEE ICC 2012で発表され、その拡張版はIEEE Transactions on Vehicular Communications (2015, pdf) で発表されました。また、ウェイクアップ信号の検波のパラメータを最適化する結果はIEEE Wireless Communications Letter (2015, pdf) で発表されました。
2.2.ウェイクアップ制御プロトコル
複数の端末は同じチャネルを共有し、送信データを持ってチャネルがアイドルになるまで待機する際、持続にチャネルを観測するため、大量の電力が消費されます。この問題点を解消するために、データ通信モジュールの代わりに、消費電力の低いウェイクアップ受信機を用いてチャネルを観測します。データ通信モジュールとウェイクアップ受信機の統合を考えて、細かいウェイクアップ制御を実現します。初期研究成果はIEEE PIMRC 2016、IEEE Globecom 2016で発表されました。
データ通信モジュールはウェイクアップ信号を受信しても、ハードウェアの制限で、送信できるまで、クロックの準備などに時間がかかります。ウェイクアップ信号を受信してから、送信できるまでの時間をウェイクアップ遅延と呼びます。ウェイクアップ遅延の影響で、複数の端末が誤起動してしまうことが発生します。この問題を軽減するために、端末の誤起動率の低減や、誤起動の時間の短縮などについて検討しました。研究成果はSpringer Wireless Networks (2018, pdf)で発表されました。
また、同じアクセスポイントに接続する端末は、省電力モード(power save mode)で下りリンクの通信をするために、定期的に起きてBeaconに含まれるトラフィック通知情報を受信します。自端末宛のトラフィックが検知されたら、そのパケットが受信されるまで待機します。この定期的な起動や、起動後の待機により電力が無駄に消費されます。ここでは、アクセスポイントはウェイクアップ信号で端末にトラフィック通知情報を知らせます。そして、各端末のウェイクアップ受信機は、自端末のリンク品質とチャネルの使用状態をみて、リンク品質の高いとき、自端末のデータ通信モジュールを起動してアクセスポイントからパケットを受信する方式を提案しました。提案方式により、消費電力の削減のみならず、チャネル使用の効率化も実現されます。研究成果はWireless Communications and Mobile Computing (2017, pdf)で発表されました。
2.3.センサネットワーク
大規模な無線センサネットワーク(WSN)では、各ノードは主に電池により動作する為、使用できる電力が有限であり、長期間運用するためには、特に中継ノードの省電力化が必要となります。シンク付近の中継ノードへのトラフィック集中を回避するためにモバイルシンクが提案されていますが、シンクの移動に伴うノードのルーティング情報の更新のためのノード間の通信オーバヘッド、モバイルシンクからの不定期な送信要求を監視するためノード稼働時間の増大が新たな問題とまります。
本研究では、下り方向の通信量を削減する非対称通信と、前記のウェイクアップ受信機を利用して、中継ノードの省電力化について検討しています。初期研究成果はIEEE WCNC 2017 で発表されました。最新の研究成果はMDPI Sensors (2018, pdf)で発表されています。
2.4.IoT
大量のIoT装置(1平方キロメートルに100万台まで)がどのように効率よくシンクと通信するか、大きな課題です。
無線IoTセンサネットワークには、任意のセンシングタスクを処理できるように、ノードからのデータ収集と後処理は、通常分かれており、どちらもデジタル方式で行われます。数多くのノードがチャネルを共有するため、ノード数の急増により送信衝突が頻発する恐れがあります。
また、データ収集段階で、各ノードから一台ずつデータを収集するには、ノード台数分の時間がかかるため、ノード数が多い場合、リアルタイム性を確保できないという問題が発生します。
一方、すべてのセンシングタスクには、ノードごとのセンシング値が必要とは限りません。一部分のタスク、例えば、気温、湿度、照度等の計測では、その平均値がわかれば実用には十分です。これらのタスクに対して、データ収集と処理を同時に無線チャネル上のアナログ波形で効率的に行う空中計算(AirComp)方式(図 5)が適用できます。これにより衝突の問題も同時に解消できるようになります。
図 5 空中計算モデル
空中計算の信頼性を向上するために、本研究では、遠いノードの信号を同時に中継して送信する中継制御(アナログ信号に適したAmplify-and-Forward)について検討します。中継ノードの送信電力の増加問題に対して、ノードをグループに分けます。また、中継を利用するノードの送信信号を二つのスロットに送信させ、シンクで合成信号の振幅を最大化するように送信電力制御を行い、中継ノードの送信電力を低減します。初期研究成果は、IEEE Access(2021, pdf)で発表されています。 さらに、中継ノードの電力制限を考慮して、どんなノードが優先的に中継ノードを利用するか、ノードスケジューリングに関して検討しています。研究成果はIEEE Wireless Communications Letters (2022, pdf)で発表されています。
空中計算では、シンクは各ノードとのチャネルゲインに基づいて最適な制御パラメータを算出します。ほとんどの研究では、シンクがすべてのノードの最新のチャネルゲインを把握していることを前提とします。ただし、環境によってチャネルゲインが変わりうるため、毎回空中計算を行う際、すべてのノードのチャネルゲインを収集すると、とても時間・通信量がかかり、空中計算のメリットがなくなってしまいます。この問題を緩和するために、チャネルゲインの瞬時値ではなく、その統計値を基に、空中計算を行う手法について検討しました。具体的には、シンクはチャネルゲインの統計情報を基に、閾値を設けます。各ノードは、自端末のチャネルゲインを閾値と比較して、それ以上の場合即座に送信して、そうでなければ待機します。これにより、計算誤差を大幅に削減できます。この手法におけるパラメータの最適化・理論解析・シミュレーション評価結果は、IEEE Transactions on Wireless Communications (2023, pdf)で発表されました。
シンクが複数のアンテナを備えた場合、通常、チャネルゲインを一致させる(歪みなし)ためにZero-forcingポリシーが使用されますが、これによりノイズが増加し、全体的な計算誤差が劣化します。シンクでの複数のアンテナをより有効に活用するために、チャンネルゲイン不一致を許容する最適化手法(Miso)を提案しました。具体的には、チャネルゲインの不一致を許容するノードのグループを動的に選択し、他の信号はより高品質なレベルにチャネルゲインを一致させます。これに基づいて、マルチアンテナ AirComp の最適化は凸問題の差分に変換され、反復的に解決されます。理論解析とシミュレーション評価結果はIEEE Internet of Things Journal (2023, pdf)に掲載されました。
コンテンツ指向ネットワーク・ユーザ中心ネットワーク
コンテンツ指向ネットワーク(CCN)では、ユーザはIPアドレスではなく一意性のあるコンテンツ名を利用して、コンテンツをアクセスします。ユーザは同じコンテンツを繰り返してサーバまで要求すると、コンテンツ配信の効率が低いため、キャッシング機能がよく利用されています。しかしながら、人気度の高いコンテンツが重複にキャッシングされ、人気度の低いコンテンツがキャッシングされず繰り返してサーバまで要求されるという欠点があります。
本研究では、CCNノード間の協調キャッシングにより、同じキャッシュサイズで多くのコンテンツをキャッシュできるようにします。
コンテンツの人気度はコンテンツの内容やユーザの好みに依存します。また、同じコンテンツでも場所によって人気度が変わります。コンテンツ内容・ユーザ好みの分析により人気度を予測して、効率的なキャッシュの実現を目指します。
過去の研究テーマ:アドホックネットワーク
経路制御
アドホックネットワークにおいて、オンデマンド・ルーティングプロトコルは、リンクの品質(レートなど)を考慮せずに経路を構築します。端末の移動によってリンクが切断する場合、経路は再構築されますが、経路構築のオーバーヘッドのみならず、パケットロスや遅延も発生します。
それに対して、リンクの品質と端末間の移動を反映する物理層の受信信号強度を取得してルーティングプロトコルのクロスレイヤ設計を行いました。まず、受信信号強度が小さいほどコストが大きくなるように、各リンクのコストを算出して総コストの小さい経路を初期経路として選択し、そして、端末の移動のためにリンク品質が劣化する場合は、現在の通信経路より総コストの小さい代替経路に切り替えることによって、通信経路を徐々にローカル最適な経路に収束させるという手法を提案しました。シミュレーション・テストベッドの評価によって得られた研究成果は、APCC2004とIEICE Transactions on Communications (2005, pdf) で発表され、この方式は特許としても登録されています。
過去の研究テーマ:ネットワーク符号化
直接通信する端末間のリンク品質が劣化する場合、中継端末を用いたリレー(例えば、decode and forward)方式はシステムの信頼性を向上させることがよく知られています。ネットワーク符号化は中継の効率をさらに向上させることができます。二つの中継シナリオに対して研究を行いました。
マルチプル・アクセス・上りリンク(multiple access channel)。セル端に位置する二つの端末が同じアクセスポイント(AP)へパケットを送信するとき、共通の中継端末は二つの端末からのパケットをそれぞれ中継する代わりに、二つのパケットをネットワーク符号化してからAPへ転送することで中継効率を向上させます。AP が二つの端末から直接受信した信号と、中継端末から受信したネットワーク符号化した信号を用いて、チャネル復号とネットワーク復号の共同復号によって端末からのメッセージを復号する方式を提案しました。関連研究成果は、IEEE ICCS 2008とIEICE Transactions on Communications (2009, pdf) で発表され、特許としても登録されています。
双方向通信(broadcast channel)。二つの端末は中継端末を介してパケットを交換し合うとき、中継端末は二つのパケットをネットワーク符号化してからブロードキャストで両端末へ転送します。ただし、ネットワーク符号化されたパケットは、二つの端末に正しく届くように、リンク品質の低い方に合わせた低いレートを用いて送信される必要があります。このrate mismatch問題はネットワーク符号化の効率に大きい影響を及ぼします。この問題に対しては、まず、ネットワーク符号化を変復調用のコンスタレーション・マップで再解釈し、その上で、クロスレイヤ設計によって低レートの変調方式のコンスタレーションを高レートの変調方式のコンスタレーションにうまく埋め込むことを提案しました。それによって、ネットワーク符号化したパケットを送信するとき、中継端末から両端末へのリレーリンク上でそれぞれの最大レートを利用でき、ブロードキャストチャネル上シャノン容量に近いレートに達成できるようになりました。この研究成果はIEEE GLOBECOM 2010 (ppt) とEURASIP Journal on Wireless Communications and Networking (2011, pdf) で発表されました。